調査・研究・出版
 

「エコマテリアル」と「エコデザイン」をテーマとした
JIA日本建築家協会2000年度賛助会員大会


 

 第12回JIA賛助会員大会、及び記念合同講演会は2000年3月13日に日本青年館において開催されました。今年は2000年紀初頭の大会ということで、建築を取り巻く産業界にも大きな価値の転換を要求している環境問題について考える機会にしたいと思い、エコデザインの世界的リーダーの1人として活躍されておられる東京大学国際・産学共同研究センター/東京大学生産技術研究所教授(兼任)の山本良一先生をお招きして、地球環境問題からエコマテリアル/エコデザインにわたる広範囲な問題点について、大変力強く且つ説得力に富んだお話を伺いました。続いて建設省建築研究所の福島敏夫氏から、建築分野におけるエコマテリアル、エコマテリアル・デザイン及びエコライフサイクル・デザインの果たす役割についてその現状と課題について、高橋元氏からはJIAが進めているエコマテリアルの評価認定と情報公開について、そして野沢正光氏には建築家は一市民としての尺度を持ち如何に全体を見ながらこの環境問題に取り組んでいくべきかなどのお話を伺いました。岩村和夫先生にはモデレーター役をお願いしましたが、この多角的な視点から成る大変情報量の多い講師の方々の発表と、それに続くパネルディスカッションを見事にまとめて頂きました。講師の方々の議論を全て紹介したいところですが、ここでは誌面の都合から、山本良一先生の基調講演内容を中心に報告したいと思います。

 


「馬車道マルシェ」人力車や馬車に試乗できる。 現在の馬車道(旧横浜正金銀行/現神奈川県立歴史博物館前)

 

山本良一先生の基調講演内容

■産業・経済活動のグリーン化や各種法規制強化の動き

  21世紀は、地球の限界に激突した私達の工業文明を転換しなければいけない世紀である。この厳しい環境問題を解決するには個々の人間はきわめて無力であって、これはまさに企業体/ビジネスがイニシアティブをとって問題を解決する他は無いという結論を得た。それでは産業・経済活動のグリーン化はどのように行うかと言うと次の4項目が挙げられている。

□企業や自治体等事業体のトップが決断して、地球の限界を良く認識して環境理念を打ち立て、その経営を環境経営にして行く。
□製品/サービスをエコデザインにより、環境配慮がなされたエコプロダクツにしていく。
□経営についてはISO14001を取得して、環境経営の実態を情報開示していく。
□製品/サービスについては、LCA等の手法を用いてエコデザインを行い、その製品の環境品質情報をエコラベルという形で社会に提示していく。

  それに対して社会はどう対応していくかというと、

□環境報告書、環境会計などにより企業の環境格付けを行い、グリーン投資やエコファンドの運用を図る。
□製品の環境情報を見て環境配慮型製品を優先的に調達するグリーン購入を実践する。

  社会の側は、このエコファンドあるいはグリーン金融、グリーン購入によって、企業をよりグリーンな方向へ誘導することが出来る。そしてその様な環境経営をやらなければ、製品サービスにも、エコデザインにも熱心でない企業は環境倒産に追い込まれていくことになる。企業を環境経営にいかに誘導するかということでは、昨今特に環境保全に関する各種法規制が強化されてきており、さらに省エネラベルなどの導入も予定されている。特にこの廃棄物の発生を抑え再利用の徹底を目指す「循環型社会形成推進基本法」(5月26日成立)では、廃棄物の最終処理責任を製品の生産者に求める考えが初めて明記された。また、「グリーン購入法案」や「環境税」の導入検討、「グリーンファンド」や「エコファンド」の急速な拡大が挙げられ、特に「グリーン購入」は国内の2,100団体(1,400企業、310自治体)が加盟しており、今年はこのエコファンドとグリーン購入が連携してマーケットを動かしていく勢いである。


■地球の限界に激突した私達の物質文明

  人類が20世紀において獲得した最大の知見は、この地球を外側から見たと言うことであり、それにより我々は次の2つのことが分かった。

□地球は1つであって、我々は非常に狭く限られた閉鎖生態系の中に生きているのだと言うこと。
□宇宙から見ると、人類という生物種は24時間資源消費と汚染物質の排出を伴う産業経済活動をしながら繁殖を続けているということ。

  その結果、我々はもうまちがいなく、我々の物質文明がこの地球限界に激突していると認識するに至ったわけで、それがどう言うところに見られるかと言うと、

□毎年1.3%の割合で人口の爆発的増大が続いており、2050年には地球が養うことができる推定可能最大人口である100億人に到達する勢いであること。
□光合成で生まれる資源の消費、穀物生産のための淡水の使用量、表面土壌の流出による土壌の劣化、土地の耕作に関わる石油消費など農業生産の工業化。漁業生産増加量の低迷、種の絶滅速度の増大(4分間に1つの生物種が絶滅していると推定される)、深刻な土壌汚染と近隣の河川の硝酸塩による汚染などの現象。
□金融経済が実体経済の80倍に肥大化するなど、グローバルマーケットのギャンブル化。
□資源エネルギー、食料等の膨大な物質使用量(1991年において、ドイツ、オランダ、アメリカの市民1人当たり年間85トン、日本は45トン)。レアメタルを含む使い捨て消費される金属類の生産量増加(世界的に見ると圧倒的に消費量が多くてリサイクル量が少ない)、
□建築の場合は、建物の代替わり周期が、日本は30年、アメリカ103年、ドイツ79年、フランス85年、イギリス141年と報告されている。(住宅への投資周期は、日本は23年、アメリカ38年、ドイツ56年、イギリス73年となっていて、これは日本の場合は、資産価値のまるでない安物住宅をどんどん造って、それを短期間で壊して廃棄物として埋め立てて、また我々市民にローンを組ませて新たな建物を造らせているというのが日本の建設業の実体であると言うことを示している。)

  こういう消費活動が続けば、特にペシミスティック・ミネラルと呼ばれる金属類は今後20〜50年で枯渇してしまうと予測され、また世界の化石燃料に関しても、石油は確認量で41年分、究極可採量で66年分、天然ガスは確認量で49年分、究極可採量で95年分、石炭は197年分という風に、あと50年位で相当部分が失われてしまう見通しである。

  さらに、先進国が資源の過剰消費をしながら膨大な汚染物質を環境中に放出している中で、今やまさに中国、インド等の途上国が高い経済成長率を上げながら先進国と同じことをやり始めている。(超高層ビル群がそびえ立つ中国ウルムチの写真を示しながら)中国は1996年にはすでに石炭、銑鉄、セメント、ガラスの生産量に於いて世界第一位の材料生産大国になっており、それと同時に膨大な汚染物質と固形廃棄物を出している。年間2,800万トンの亜硫酸ガスを大気中に放出していて、日本に降り注ぐ酸性雨の50%は中国起源と言われている。そのため、2010年までに九州全域が、そして2020年までに大阪以南は甚大な影響を被ると予測されている。


■地球温暖化はすでに発生してしまっている

  この地球生態系が汚染物質を吸収分解、浄化してくれる能力には限界があり、その検証については現在膨大な研究が行われている。例えば、温暖化ガスについて言えば、地球生態系が吸収してくれる量というのは1人平均CO2換算で3.8トンにすぎないのに、1990年における世界の温暖化ガスの排出量は1人当たりCO2換算で年間8.7トンであるなど、すでに生態系の維持容量を超えてしまっている。また、酸素18の同位体元素を使った分析などからも地球の平均気温を決めている決定的な因子は炭酸ガスの濃度であるということが実証されつつある。過去600年の平均気温を見ても、20世紀に入って特に今非常に高い。その影響で、今世界中で異常気象が発生している(南アフリカやガンジス川流域での大洪水、黄河下流域の干魃と揚子江の大洪水、ハリケーンや台風の強大化、氷河の後退、南極の巨大棚氷の崩壊と北極圏の氷の減少など)。今年に入ってアメリカの海洋大気局は、最近の気候変動の統計分析から、急激な温暖化は1997年から始まったと発表した。そしてさらに恐るべきは、深層海流の停止による大規模な気候変動の危機が訪れるかも知れないということで、つまり、緩やかな温暖化が大規模な気候変動のスイッチを押すかも知れないと予測されている。そうなると、まさに20年から30年の単位で7度から8度気温が下がってしまい、一変に氷河期に移ってしまうという心配があるわけである。そこで我々はどのようにこの問題を解決していくか、あるいは軽減していくかが最大の問題で、世界で2050年までに発生する1億5,000万人の環境難民、海面水位が1m上がっただけで直接被害を受ける330万人の日本人と資産を守るために長期政策的な対策を検討する必要があるわけである。


■脱物質経済(ポスト・マテリアリズム)の実現

  脱物質経済とは、資源生産性、究極的な資源エネルギーの有効利用を考えていった末にあるノン・マテリアル・エコノミー、或いはサービス・オリエンテッド・エコノミーである。脱物質経済に於いては経済的繁栄から資源エネルギーの多消費を分離する、資源生産性あるいは環境効率の飛躍的向上を図る、労働生産性より資源生産性の向上を図っていく、製品を売るのではなく機能を売る、つまり所有からサービスへ、機能の享受へと変わっていくように私達の経済成長エンジンを大転換しなければいけない。

  20世紀の経済というのは、まさに使い捨て商品、使い捨て経済であった。それは先進国の人口に比べて資源エネルギーがほぼ無限と思われ、捨てる場所も無限にあると思われたから可能であったわけで、ところがこれらは有限だと言うことが明確に分かってきて、私達は使い捨て商品、使い捨て経済から、まさに循環経済、エコデザインに移らざるを得ない、発想を大転換しなければいけなくなってきている。そのためには、このエコデザインをやることが一番お金が儲かるという風に経済の仕組み、あるいは技術を変革しなければいけないという所に我々は来ている。他の社会システムの変革という問題もあるが、「資源生産性を高める以外に問題の解決方法はない」と言う考え方が世界的にも受け入れられつつある。ドイツのブッパタール研究所のデータによると、1960年から1990年にかけて労働生産性は大きく向上したが、GDPを全体の全物質使用量で割った資源生産性はさほど向上していない、資本生産性は逆に減少に転じてしまっている。この30年間における経済運営というのは、所得税、法人税をどんどん増税して、逆に環境税を安くしてきてしまって、その結果、環境を破壊し、膨大な失業者を出し、膨大な失業手当などのコストを払っているという先進国の経済を二重の意味で退っ引きならない所まで追い込んで来てしまっていると言うことをデータは示している。


■「地球共有の論理」に基づき環境効率を向上する

  そこで私達はどうしなければいけないかというと、MIPS(単位サービス当たりの資源投入量)を最小にするような製品設計をすることにより資源の使用量を減らす必要があるわけで、そして、一人当たりのエコスペース(環境容量)を計算してその範囲で暮らすという事である。すなわち、地球を共有するという考え方でしか問題を解決する方法はないという事である。

  技術的には、一つには環境効率(Eco-efficiency)を向上させるという考え方がある。すなわち企業の純利益+社会貢献費用や製品の性能、あるいは経済的な付加価値をその環境負荷で割り、経営のエコ効率や製品のエコ効率を算出し、その比率がどれだけ上がるかにより企業経営や製品を評価するわけで、そこからファクター4、ファクター10、ファクター20という考え方が出てきた。そして、我々は本気になってエコ・デザインを推進すれば、ファクター10の技術開発を十分達成できる。我々は設計の最初の段階から、環境影響の低い材料の選択、材料の減量化、生産技術の最適化、配送システムの効率化、使用段階における環境影響の低減など、ライフサイクル全体における環境影響を下げるという方向でデザインをする、ライフサイクル・デザインを行うことによって環境効率の向上が図れるわけで、その基本となっている考え方がLCA(ライフサイクル・アセスメント)である。実際には、製品のインベントリー値を算出して、そのインパクト分析によりどの位の環境影響が出るかを研究することは容易ではないが、素材生産に伴う環境影響上の一つの指標としてエコインジケーター99というものが発表されて、エコロジカル・ストレス・ポテンシャルが表現されるようになった。これにより素材の生産、加工のプロセスについて環境影響値というものを評価できる段階まで来ている。

  今製造業各社では、なるべく環境に負担の少ない材料を優先的に購入しようと言う、グリーン購入基準の導入を図りつつあり、グリーン調達のためのエコマテリアル選定ガイドを持ちつつある。そして建設業もこういうガイドを持つことが強いられてきている。



■「エコアーキテクト」としての建築家への期待

  エコデザインは改良から再設計、機能革新、システム革新という風に発展して行くと予測され、それにより、資源生産性、あるいは環境効率を上げて行くわけである。すでに日本の企業は建築の分野でもエコデザインに全力を挙げており、いろいろな実施例や、またエコプロダクツの実例も多く出てきている。こういう製品が社会的に普及していくことで社会全体の環境負荷を下げ、資源生産性を上げるという方向に向けて行きたいと考えているわけである。

  建築の場合も設計する段階で、その製品(建物)が粗大ゴミになるか、あるいは循環してくる人類共有の財産になるかが決まってしまうわけで、従って建築家は是非エコアーキテクトというかエコデザイナーになっていただき、持続可能社会の実現に向けた活動を期待したい。


■パネラーによるディスカッションの概要とまとめ

  「先進国は脱物質化を、発展途上国は人口の抑制をしなくてはならない。ところが、中国やインドなどの途上国にとっては今は経済発展を成し遂げる最後のチャンスということで、最後の残存資源、最後の捨て場所の分割を廻る世界間戦争とでも言うべき争いが始まっている。その中で最大の問題はアメリカと中国であり、日本は逸早く脱物質経済、脱物質文化を実現して、その実績によってこれらの国々を説得すべきである」という補足的解説に続いて、岩村氏から政策立案者や研究者と建築を実際に設計する人間とのコラボレーションについての問いかけがあり、提案したような「ループを考えたエコライフサイクル・デザイン」を建築家も取り組んで欲しい(福島)、情報が共有されていないというのが問題点で、どんな問題点があるのか、またその解決のための情報が開示されるような仕組みをつくる必要がある(高橋)との意見が提示された。またエコマテリアル・エコデザインというようなテーマがどう新しい空間表現に繋がるのかとの問いに関しては、本来のデザインとは関係をつくってそれを見せることであり問題の答えを探すことにある、従ってこんなに沢山の問題があるということは沢山のしかも根拠のある提案が出来るとい事で逆に今は好機かもしれない(野沢)との意見があった。

  岩村氏からはさらに、エコマテリアルというテーマに内在する地域性の問題についての問いかけがあり、パネラーからは、曖昧さをうまく採り入れて行く事も必用(福島)、多品種少量生産は地域性に馴染む、また天然素材を見直す上でも地域性は大切な意味を持つ(高橋)、建築の設計においては解体から始まることも多く、それもその場所の属性と見て設計に活かしたい(野沢)との意見があった。

  最後に山本先生からは、市場経済の中でサステイナビリティ革命をやるには、例えばエコマテリアルの選別と情報公開を組織的に行ってマーケットを動かす力となることが重要で、JIAが進めようとしている試みを高く評価し期待したいとの言葉があった。

            〔第12回JIA賛助会員大会実行委員長、米澤正己〕




  この原稿はJIA日本建築家協会関東甲信越支部「JIA Bulletin 2000年7月号 環境特集−エコデザイン」に「「エコマテリアル」と「エコデザイン」をテーマとしたJIA日本建築家協会2000年度賛助会員大会(記念講演会)報告」として掲載されたものです。