調査・研究・出版
 

コロラド/カリフォルニアのサステイナブル・デザイン

横浜都心部における馬車道の位置
ロッキーマウンテン研究所近くから眺めるロッキーの山並(スノーマス、アスペン近郊)

 

 「Natural Capitalism」が1999年に発行されてようやくその日本語版が昨年の10月に刊行された。この21世紀の資本主義を構想する画期的な著書は、コロラド州にあるNPO/ロッキー・マウンテン研究所を主宰するエイモリ・B・ロビンスとL・ハンター・ロビンス夫妻、並びにカリフォルニアのサウサリトでNPO環境教育団体「ナチュラル・ステップ」を主宰するポール・ホーケン氏により著されたものだ。今回は、AIAの2001年度デンバー大会出席を兼ねて、この著書にも紹介されているコロラドとカリフォルニアのサステイナブル・デザイン・コネクションを辿る旅をした。


「馬車道マルシェ」人力車や馬車に試乗できる。 現在の馬車道(旧横浜正金銀行/現神奈川県立歴史博物館前)
写真左:標高2200メートルの山間リゾート地にある研究所本部(ロッキー・マウンテン研究所)
写真右:研究所建物中央部のバナナの木が茂るグリーンハウス内部(ロッキー・マウンテン研究所)

 

■ロッキー・マウンテン研究所(RMI)

  ロッキー・マウンテン研究所は、エイモリ・B・ロビンス博士と彼のパートナーであるL・ハンター・ロビンス女史によって1982年に設立された非営利の研究機関で、地球資源の効果的かつサステイナブルな使用を促進するための研究と教育活動を行っている。主な研究分野は、エネルギー、交通輸送機関、グリーン・ディベロップメント、水、経済復興、サステイナブルな企業管理、森林、安全保障など多岐に渡るが、その斬新なアプローチでアメリカ政府を始め、国の内外の各種機関や企業の高い評価を得ている。

  風光明媚なスキーリゾートで有名なコロラド州アスペン近郊のオールド・スノーマスにある研究所の建物は、1982年6月から1年半程かけて、100人以上のボランティアと専門工事会社の協力を得て建設された実験的なバイオシェルターである。現在はロビンス夫妻の住居を兼ねた研究所の本部として使われており、毎週2回ほど見学者を対象としたツアーも行っている。50人近く所属する常勤職員のオフィスは、現在は本部から離れて、ジョン・デンバーが所有していたという957エーカーもある近在の広大な自然保護地内の建物に移っている。この辺りは標高2200mの高地で、冬には雪が積もり気温は氷点下20度から40度にまで下がる。そのような厳しい自然環境の中ではあるが、超断熱仕様の外壁や開口部、建物中央のグリーンハウスに入る太陽熱とその蓄熱システムなど、様々な省エネの工夫と太陽エネルギーの活用により、真冬でも月々の電気代が5ドルで済むと言う。

  助手のマリリンさんと研究員のヒューストン氏には親切に施設を案内していただいた。今はほとんど使われていない印象の小さな実験室には、屋上のソーラーパネルから送られてくる電力を蓄えている潜水艦の廃棄部品というバッテリーが並んでいる。ロビンス氏には訪問する半年ほど前に東京でお会いしたが、最近は海外も含めて講演活動などのためにほとんど留守勝ちとのことであった。

  1kmほどの所にあるオフィスでは、グリーン・ディベロップメント部門の責任者であるW.ブラウニング氏にお会いしたが、ホワイトハウスやペンタゴンのグリーン化も担当されたというRMIの活動は「Green Development」などの著作で紹介され、2001年度AIAデンバー大会でも表彰を受けることとなった。


「馬車道マルシェ」人力車や馬車に試乗できる。 現在の馬車道(旧横浜正金銀行/現神奈川県立歴史博物館前)
写真左:デンバー近郊の広大な敷地内にある太陽エネルギー研究施設(NREL 国立再生可能エネルギー研究所)
写真右:研究所入り口近くにある展示施設を兼ねたビジティング・センター(NREL 国立再生可能エネルギー研究所)

 

■国立再生可能エネルギー研究所(NREL)

  NRELは米国エネルギー省の主要な研究機関で、コロラド州デンバー近郊の広大な敷地に太陽エネルギー研究施設、風力発電技術研究施設、野外実験研究施設、建築及び熱環境研究所などの研究施設を持ち、再生可能な自然エネルギーの活用方法の研究やエネルギー使用の効率化の研究を行っている。

  米国エネルギー省がこの280エーカーの土地を風力発電の研究施設用地として開発したのは、ロッキー・マウンテンからグレートプレインズに吹き降ろす時速120マイルを越す事もある強い風があるためだ。実際この地の気象条件の変化は凄まじい物で、今回も大会終了日にコロラド・スプリングスからデンバーに戻る時、それまでは夏のように暑い天気だったのが、旋風と共に1時間も経たずに気温が24度から氷点下1度まで一気に降下して、高速道路は雪で真っ白になり通行不能になってしまった。

  NRELのサステイナブルな建築物のための研究は、今回のAIA大会におけるCESセミナーでも、建築の太陽熱利用の研究を始め、エネルギー効率の高い建築物実現のための基礎的方法論と手段、シミュレーション手法などを中心に紹介された。合衆国においては年間2000億ドル相当の電気が建築物の冷暖房や照明に使われており、合衆国全体の電気消費量の60%以上に相当している。これをエネルギー使用の効率化や、再生可能型エネルギー技術の採用で30%〜70%削減することが可能であるという。

  研究所の入口近くには展示場を兼ねたビジターセンターがあるが、敷地内の研究施設を見学するには特別に許可が必要だ。本館の建物自体も自然光導入のためのライトシェルフをデザインに生かした斬新なもので、施設内では高効率の太陽光発電セルの開発などを産業界とも協同で進めている。壁面に掲げられた夥しい数の特許や表彰のパネルは、ここで行なわれている研究が地球環境の保護のみならず、国益にも大きく関与していることを示している。


「馬車道マルシェ」人力車や馬車に試乗できる。 現在の馬車道(旧横浜正金銀行/現神奈川県立歴史博物館前)
写真左:コミュニティの中を自転車道が通る/右側は葡萄園(ビレッジ・ホームズ)
写真右:コミュニティ共有のコモンの中に広がる菜園(ビレッジ・ホームズ)

 

■ビレッジ・ホームズ

  デンバーからソルト・レーク・シティの上空を経由して、カリフォルニア州サクラメントに降り立つと、そこはもう真夏の暑さであった。レンタカーのカーナビにコルベット氏の住所を入力してさっそくビレッジ・ホームズへ向かう。

 ビレッジ・ホームズは、カリフォルニアにおけるエコロジー運動の一つの拠点ともなった町、デービスにある。デービスにはカリフォルニア大学デービス校があり、町の隅々まで自転車道が整備されたサイクリング都市だ。グリーンウェイと呼ばれる緑のオープンスペースが住宅地の車道と反対側に設けられており、それが町全体を網の目の様に有機的に結び付けている。

 デービスにおいて、先駆的な事例としてその後の町の開発に大きな影響を与えたのが70年代に作られたビレッジ・ホームズである。町の中に入って行くと街路樹は大きく繁り、町全体が豊かな緑で覆われているのが印象的だ。訪問者用の駐車場に静かに車を停めてコミュニティの中に足を踏入れると、ここが普通のアメリカの住宅地とは大きく異なることがすぐ分かる。プライバシーとセキュリティに重点を置いた一般的な住宅地とは異なり、バルネラブルと思われるほどオープンなのだ。庭先を遊歩道が通り、ガーデニングに勤しむ住民と挨拶を交わすことになる。子供たちが裸足で飛び出してくる。自転車で学校に通う学生もいる。コルベット氏の経営するレストランがあるというコミュニティセンターの方へ行くと、テラスで憩う人たちやスタジオでダンスの練習をする人たちの声が聞こえる。どの家も決して華美ではないが、豊かな環境を共有することによって町の中でも自然と触れ合える質の高い生活を可能としている。実際、住宅地の間に住民が管理している農地帯があり、葡萄園やそのまま食べられる果樹も植えられている。特徴的なのは自然を利用した排水システムで、コンクリート製の排水路の代わりに共有地に勾配を設けた自然浸透式の排水システムを設け、それが平坦な地形に微妙な変化を与えると同時に各住戸の維持管理に必要な負担金の削減にもなっているという。

 AIAデンバー大会ではコミュニティ作りにおける建築家の役割がテーマであったが、ここではこの町を作ったコルベット夫妻がそこに暮らし行く末を見守っていることがコミュニティの運営に大きな意味を持っているのだろう。ビレッジ・ホームズはまさに理念と運営のマッチした模範ともなるコミュニティである。


「馬車道マルシェ」人力車や馬車に試乗できる。 現在の馬車道(旧横浜正金銀行/現神奈川県立歴史博物館前)
写真左:ストローベイル工法によるセンター建物(ソーラー・リビング・センター)
写真右:円弧状に配置された建物と水の広場(ソーラー・リビング・センター)

 

■ソーラー・リビング・センター

  ビレッジ・ホームズのあるデービスから、ソーラー・リビング・センターのあるホップランドへ行くには、山並を越えて、ワインバレーを縦断し、約4時間ほどのドライブとなった。サンフランシスコと北カリフォルニアの太平洋岸を結ぶハイウエイ101号線沿いに1,200枚/132キロワットという大きな太陽光パネルと風車が見えると、そこがリアル・グッズ社のソーラー・リビング・センターだ。リアル・グッズ社は、太陽電池や温水器、風力発電用の風車をはじめとする代替エネルギー製品を扱う北米最大の通信販売会社で、1998年には約500万部ものカタログを印刷・流通させているという。ソーラー・リビング・センターは、リアル・グッズ社の創設者で代表取締役でもあるジョン・シェーファー氏が、彼が強く信じる太陽エネルギー利用の最良の見本として、そのための技術とアイディアを紹介する教育施設として、そして関連製品を扱う店舗として1996年4月にオープンした。98年には教育部門がNPO/The Institute for Solar Livingとなり「啓発的な環境教育を通してサステイナブルな生活を奨励すること」を目的とする各種教育プログラムを提供している。

 「ソーラー・リビング・センター」の設計を担当したのは、バークレーの環境デザイン学部でエコロジカル・デザインを教えていた、シム・ヴァンダーリンである。ヴァンダーリン氏は、現在はNPO/エコロジカル・デザイン研究所の所長として調査研究を行い、また自分の設計事務所で実際の設計業務も行なっているが、1970年代にカリフォルニア州最初の州付建築家となり、革新的な州知事の下、州の建設に関する環境関連法規制の見直しなどを行い、全米で最も環境規制の厳しい州へとさせた人物である。

 ヴァンダーリン氏は、ソーラー・リビング・センターの設計と平行して氏の考えを著した理論書である「エコロジカル・デザイン」の執筆を進めており、この施設は文字通り彼の理論の実践例となった。建物は水の広場を中心に円弧状に配置されたパッシブ・ソーラー・ハウスで、方位と屋根形状の工夫、ライトシェルフの設置により自然光でも十分明るい屋内環境を確保している。また、建材には地場産の木材などが用いられ、外壁にはストローベイル工法が採用されている。屋外には太陽光電力を使ったポンプを稼動して循環を図った水路があり、敷地内の池に流れ込むまでには酸素を十分取り込む工夫が成されている。池は葡萄園に囲まれた乾燥したこの地において、近隣の人達や自然動物にとっても憩いの場となっており、水を浄化するアシなどが植えられた自然な岸辺は大変美しい。


横浜都心部における馬車道の位置
太陽エネルギーによる循環水が水路から注がれる敷地内の池(ソーラー・リビング・センター)

 

 今回訪れた建物は、何れもその土地の環境に対する極めてセンシティブなリスポンスに基づいてデザインされたものだ。そして、その運営主体もNPO、政府、建築家、民間企業と様々だ。何れもその取組みの先進性と活動の継続性から多くの人々の関心を引き続け、実際にその環境を体験しようと訪れる人々も後を絶たないという。アメリカの懐の広さと活動の多様さを改めて実感させられた旅であった。                     <米澤正己/AIA会員>



各施設の英語標記及びURL
・ロッキー・マウンテン研究所(http://www.rmi.org/)(Rocky Mountain Institute)
・国立再生可能エネルギー研究所(http://www.nrel.gov/)(National Renewable Energy Laboratory)
・ソーラー・リビング・センター(http://www.solarliving.org)(Real Goods Solar Living Center)

各施設に関する主な参考文献
・P・ホーケン、A・B・ロビンスほか著「自然資本の経済」日本経済新聞社、2001年
・ロッキー・マウンテン研究所「グリーンディベロップメント」丸善、1999年
・Judy Corbett and Michael Corbett, Designing Sustainable Communities: Learning from Village Homes (Island Press, 2000)
・Sim Van Der Ryn and Stuart Cowan, Ecological Design (Island Press, 1996)
・John Schaeffer, A Place in the Sun: The Evolution of the Real Goods Solar Living Center (Chelsea Green Publishing Company, 1997)



  写真撮影は全て米澤正己によるものです。無断で複写・転載することを禁じます。
この原稿はJIA日本建築家協会関東甲信越支部「JIA Bulletin 2002年4月号 海外レポート」に
「コロラド/カリフォルニアのサステイナブル・デザイン」として掲載されたものです。